北朝鮮が核兵器を使えない可能性について

北朝鮮はミサイル実験を繰り返し行ったり核実験を行ってきた。それは本物の核戦力を北朝鮮に与えたであろうが、それが実戦に投入できるかどうかは実は政治的な理由で考えづらい。

北朝鮮核兵器が投入される状況

戦争は政治/外交の従属物であるからまずここから考えないといけない。北朝鮮にとって政治とは金正恩の支配が永遠に続くことであり、金正恩とそれを支える政治的盟友の身が安全であることが重要だ。ここでいう政治的盟友とは、指導者を支える不可欠な支持者の事である。どの国でも指導者は単独で国を支配することができない。指導者を認める様々人々の支えがあってこそ成り立つものである。政治家の政治とはひとたび権力を掌握したら自身の権力が長続きする様に仕向けるものであるから、指導者は少なくとも政治的盟友の忠誠を獲得するためにその益になるような政策を行う。この際に一般人民の事は考慮されない。なぜなら彼らは金正恩の体制を続けさせうる力を持たず、彼らの益など考えなくても政権を維持するうえで問題が無いからだ。

まとめるならば、政治の原理とは政権をなるべく長く続けること、そのためには政権を継続させる力を持つ政治的盟友集団の忠誠を得るために彼らの益となる政策を行わなければならないこと、(北朝鮮においては)一般人民は政権の継続に影響力が無いため考慮されないことである。

 

これらを踏まえたうえでまず戦争が起こる状況を想像すると、北朝鮮が開戦に踏み切る可能性は無いと言える。というのも朝鮮人民軍は弱く、単独で韓国軍に勝てず、開戦すればすぐに朝鮮半島奥地に押し込まれてしまうからである。

北朝鮮は苦難の行軍の時期に見るように、別に人民がたくさん死んでも大した問題意識は感じない。理由は上で説明した通りだ。だから朝鮮人民軍の兵士がたくさん死んでしまう事自体は問題が無い為、優勢な時期なら対外関係が許せば韓国に侵略するだろう。というか本当に1度行った。だが今では圧倒的に貧弱で何も成し遂げられない。そのため今の北朝鮮に戦争を起こすイニシアチブは全くないと言っていい

 

このため韓国が北進統一を掲げて戦争を始める事の方が考えやすいと言える。韓国の北進統一を掲げる指導者が生まれ、実際に攻撃を始める。これが一番考えやすい2度目の朝鮮戦争のシナリオだ。だがこれも政治的には可能性の大変低いシナリオである。

民主主義とて北朝鮮のような独裁と同じ「政治の原理」の中にあるため、大統領が当選するためには盟友集団の支持が必要である。独裁と民主主義の違いはこの盟友集団の数がどれだけ多いかである。北朝鮮は200人前後しかいないとされるのに対し、韓国では大統領が当選するためには選挙を通じて国民の37.4%ほどの支持を得る必要があった。韓国の大統領は同じ人が2期務めることはできないが、再び同じ党に投票してもらうためには、投票してくれた37.4%の人間の益となるような政策を行う必要がある。北朝鮮ではあまりに少数の人間しかいなかったため金を撒くだけで済んだものが、民主主義では大量の有権者にお金を撒くことは大変非効率であり、できない。その代わり公共事業に投資したり経済をよくすることで有権者に報いる。この仕組みの中で北朝鮮に宣戦を布告して核攻撃を受けるような危険に有権者を晒すことは党の権力維持のために大変悪影響である。また北朝鮮とは違って兵士の命が重く、死傷者の数は盟友集団の不満につながり政権の安定度を害する。そのため民主主義のシステム上韓国は北朝鮮に戦争を仕掛けることはしない(もしくは北朝鮮に確実に勝利できるという見込みがある場合のみである)。

だから第2次朝鮮戦争が起こるためには韓国で急に軍事独裁政権が誕生するとか、そういった政変が無い限り考えづらいのである。

仮にこれらがすべて達成されて韓国による統一戦争が始まったとしよう。この状況に至っても北朝鮮核兵器を投入できない理由がある。朝鮮人民軍は韓国軍に対して劣勢である為、北朝鮮が進攻されるような状況に於いては中朝相互援助条約に基づいて人民解放軍の介入を受けなければ勝機が無い。しかし開戦と同時に核兵器を投入してしまうと戦争開始が韓国側によるものであったとしてもアメリカが激怒して介入してくる可能性がある。そうなると中国がアメリカとの核戦争を危惧して介入に躊躇する可能性がある。そうなると北朝鮮としては大変困るのであるから、開戦してもしばらく核兵器が投入されない可能性がある。もちろん韓国側の政権基盤を崩すために核兵器による脅しは継続されるだろうが、それでもしばらくは投入されないこととなるはずだ。

北朝鮮が自由に核兵器を使用できる環境とは、米軍がすでに参戦している、中国が核兵器使用を認めているもしくは中国は戦争に関与しない、北朝鮮核兵器を投入しない限りは戦局の挽回が難しい、といった場合である。

だが北朝鮮核兵器を投下することで、より一層殲滅しなくてはならないという意識を持たれる可能性がある。戦術核を戦場に投下することで朝鮮人民軍はアドバンテージを得ることができる。また戦略核を韓国の諸都市に投下することで相手の政治基盤を揺るがして戦争をやめさせることが期待できる。だが生き残った人々は「このような暴挙をする北朝鮮を生かしてはおけない」と考えてより強硬な態度に出てくる可能性がある。なぜなら地上軍では韓国が圧倒的に優勢であり、このまま進軍してゆけば勝つのは韓国の側であるからだ。参考までに日本に原爆が投下された時もそれだけでは降伏せず、ソ連参戦で中国大陸の基盤が破壊されることでようやく降伏に決したという経緯がある。つまり核兵器は抑止にはなれどいざ戦争になった時に相手を止めたりする力はないという事であり、戦争を決するのは陸上兵力と「そこに兵士が立っている」という事実である。

そして当然であるが核兵器を使用すれば国際上の立場が大変悪化する。北朝鮮は約150ヵ国の国と国交を結んでおり、第3世界を中心に独自の武器軍事外交を展開してきたが、これらはすべてご破算になり、ほとんどの国と断交され、大変厳しい対外環境となるだろう。

これらの事から北朝鮮が「自身の政権の存続」という現在支配されているルールに従って核兵器を運用した場合、ほとんど使用することはなく最後まで温存しておくことが考えられる。北朝鮮核兵器のような「重すぎる抑止力」だけに頼るわけではなく、「ソウルを火の海にする!」と喧伝する戦略砲兵や、近年貯蔵を進めている化学兵器生物兵器などにも頼っている。これらの抑止力は開戦と同時に展開して韓国政権に圧を掛けることが彼らにはできる為、硬軟合わせた抑止力が北朝鮮の政権を守っていると言える。